心の中で応援する
中学2年の時の体育大会(運動会)。
中3男子のリレーに、教員有志が参加するという演出が有りました。
V先生(後のDV元オット)が、「先生(=自分のこと。一人称)も参加するから、応援してな」と言う。
運動場にもうもうと砂埃が舞う中、V先生にバトンが渡り、私は両手をお祈りの形(指を組む)にして、心の中で強く応援した。
当時、V先生のことをかなり慕っていたので、純粋な気持ちから本当に真剣に応援した。
「心の中で強く」。
中学2年生という思春期の真っ只中なので、おおっぴらに先生を応援するのは、周りにいるクラスメイトの手前、気が引けた。
中学2〜3年生くらいの年頃だと、「先生、負けろ〜〜(笑)」ってな感じで、ふざけてからかうことが多いでしょ。
また、生徒数の多い学校(全学年で1000人以上)だったので、他学年の教師のことは「見たことあるけどあんまり知らない」ものである。
中学2年の私が、中1の担任であるV先生を大声で応援すれば、「だれ先生? 知らないなあ」などと、周りの友人達は白けるかもしれない。
だから、「心の中で強く」応援した。
うーーん。。。
なんか、ひょこひょこしたフォームだったな。
有志で走るくらいだから遅くは無いのだけれど。
走る速度は中3男子と良い勝負。
はっきりと覚えていないけれど、抜かれていたか接戦だったか、そんな感じ。
それでも、純粋な中学生の私は、心の中で強く祈るように応援していたよ。
ちょっと考察
現在の私が考察すると。
Vは、有志リレーに出るべきでは無かったと思うなあ。
仲の良い同僚(体育教師)から「有志リレーに一緒に出よう」などと誘われたのかもしれないけれど、
身の程知らずで、調子に乗ってたんだろうなあ。
学校の先生になって、私の所属する部活動の副顧問になり、私たちと一緒にトレーニングしたりして。
体育が専門の教師たちの足元にも及ばない。
彼らの引き立て役になってたよ。
あ、同じくVの仲良し同僚の数学の先生の走りは速かったような記憶。
確か、サッカー部顧問だったかな。
プロの走りは凄い
印象に焼き付いているのは、アンカーを走った先生。
小柄で筋肉の塊のような体育教師。陸上部の顧問。
ものすごく速くて、私はビックリした。
全く無駄のない走りで、獣のようと言うか、小さな蒸気機関車と言うか。
うまく表現できないけれど、とにかく、プロの走りってすごいな!!と思った。
この体育教師、校内では常に竹刀を持ち歩いていた。
身長160cmぐらい全身筋肉のその先生のことを、私は『赤鬼みたいやな』と思っていた。
(確か、赤いジャージを履いていたような。。。)
他学年の先生だったから、私は関わったことはないし、怖そうな先生だったから近寄ろうともしなかった。
いや、竹刀を持ち歩いていたのは、別の先生だったか。
(この別の先生も他学年の先生。年配で体育教師では無かった。)
もしくは、上記の二人とも持ち歩いていたか。
そして、もしかしたら、木刀だったかもしれない。
今、考えると、おかしな光景だ。
校内で、竹刀(or木刀)を常に持ち歩いているって。
先生が持ち歩いているんだったら、生徒もOKってこと?
当時は、そんな疑問も持たず、「この先生は、怖い先生だ。」と受け入れていたなあ。
ドラえもんのルームランナー
ひょこひょこ走りと言えば、ドラえもん「未来のルームマラソン」。
(『のび太が九州まで走った!!』)
アニメは見ていないけれど、子ども時代にコミックスを読んで、オチも覚えている。
(子どもの頃は、各道具が何巻に載っているかを記憶するくらい繰り返し何度も読んだ。娯楽の少ない時代。)
そのオチののび太くんの姿、上述の、運動会での元オット(V先生)のランニングフォームと被る。
のび太ほどヒョコヒョコでは無かったけどさ~。
(ドラえもん てんとう虫コミックス18巻)
中学校の体育大会(運動会)での花形競技
私の通っていた中学校では、体育大会のプログラムの最後の方に「3年生男子による棒上旗取り」がありました。
(検索してみたら、「棒倒し」という名称が一般的のようです。)
小学校の時は、騎馬戦で盛り上がり、組体操で感動を誘う、みたいなプログラム。
これらは、男女共に参加。
もちろん、リレーもそうだけれど男子と女子が混合で競技したり組み合ったりは無かったけれど、
男女、同じ競技でした。
でも、中学校になると、最初と最後の体操やリレー以外の演目は男女違うものになりますよね。
女子は「棒引き」で男子は「???(全く覚えていません)」とか。
まあ、それは、中学生にもなると男女の腕力に違いが出てくるから、そういうものかと。
小学校から中学校に上がって、「運動会」→「体育大会」と名称が変わったことも、
なぜなんだろう? とは思ったが、
まあ、そういうもんなのか。と自然に受け入れていました。
中学校では、スウェーデンリレーとかありましたね~。
これは選抜だったので、運動音痴の私には、とっても有難かったです。
観戦するだけなので。
なんで「スウェーデン」なんだろ??
爽やかな語感なのに、アンカーは400mって、めっちゃ過酷やん
などと考えていました。
さて、「3年生男子による棒上旗取り」についてですが、
- 男子は棒上旗取り
- 女子は、???
↑「???」というのは、全く覚えていないのです。
卒業アルバムの「体育大会」のページを見ると、男子の棒上旗取りの写真は有ります。
女子だけで競技している写真を探すと・・・。
なんか、4人一組で障害物競走みたいなのをやっとる。。。
(当時の記憶、全く無いのだが。。。)
なんか、棒2本にカゴを括りつけて、バレーボールかドッジボールを運んでいます。
カゴを括りつける等、先生方や体育委員の準備が大変だったのでは?と窺われますが。。。
卒業アルバムに掲載されているのは私が中3の時のものなので、中2の時に上級生が同じ種目をやっていたかどうかは覚えていません。
この競技が、男子が必死に取り組んでいた「棒上旗取り」の対(つい)??
なんじゃこれ。
幼稚園児のお遊戯みたい。。。
(企画や準備に携わった方々に対して、こんな感想を述べるのは本当に申し訳ないですが)
実際に記憶に全く残ってないし。
これやったら、「創作ダンス」のほうが良かったんちゃうか??
いや、「棒上旗取り」は得点競技なので、「創作ダンス」は対(つい)の演目としては不適ですな。。。
体育の授業での創作ダンスについて
中学の時は
中3の体育で、女子は創作ダンスの時間が有ったんです。
(年間通してではなく、2~3ヶ月くらいだったかな。)
※中学校の学習指導要領でダンスが必修化されたのは2008年(平成20年)、施行されたのは2012年(平成24年)です。
それよりも、さらに20年以上前の話です。
30歳代くらいの凛とした女性教師で、いかにもダンス専攻(実際は違うかもしれんが)、って感じ。
(上記画像の右下に写ってらっしゃいます。)
ウォーミングアップに、オリビア・ニュートン・ジョンさんの「Physical」を流して、先生の動きを真似て身体を動かしたり。
その先生のこと、姿勢も美しくてカッコイイな~と思っていたけれど、厳しくて怖そうな印象だったので私は近寄れなかった。
厳しい先生だったから、反抗期の中3女子に指導できたのだと思う。
だって、思春期の女子は創作ダンスってナンカ恥ずかしいやん。
当時の中学校の授業中に習う創作ダンスっていうのは、
ヒップホップとかブレイクダンスとかのような、かっこいいダンスじゃ無いのよ。
うまく説明できなくてスミマセン。
今、テレビ等ででダンスコンクールを観ると、素敵!!って感激するほどですが、
当時は、そんな本格的なダンスを観る機会もなく、先生からの指導だけ。
保健体育の教科書には画像が載ってたかもしれないなあ。
・・・と、書いてて思ったんだけど、
そりゃ、本物を観ること無く、先生からの指導だけではイメージできへんわ。
いや、もしかしたら、見本をビデオテープで見せてもらったかもしれん。
指導用に作られた教材のビデオテープを。
(記憶に全く無いので、はっきりしたことは言えません。)
ダンスコンクールの動画を見せてもらえてたなら、授業に取り組むモチベーションは上がってたと思うなあ。
もちろん、あんなに素敵な動きは学校の授業だけのニワカ仕込みではできないけれど。
運動音痴の私は、自分の体で表現するなんて、かなり難しいことだった。
イヤだな~、なんで女子だけダンス?なんて思いつつ、
まあ、体育館内での授業なので土で汚れることもないし、友達と相談する時間は楽しいし・・・、
などと前向きに考えて、授業に参加していました。
(確か、7~8人くらいのグループ(2クラス合同授業だったので、計5~6グループくらい?)で、自分たちで振り付けを考えました。)
タイムマシンで戻れるなら、
モチベーションアップのために、授業の導入部に本格的な創作ダンスを女子生徒たちに観せるよう提案する。
もちろん、「ここまで高度なダンスを披露するのは学校の授業だけでは不可能だけれど、参考にしてエッセンスを取り入れながら私たちに出来る範囲で、より良いダンスを創って表現していきましょう」的なことをちゃんと生徒たちに伝える。
高校の時は
高校(男女共学)では、「体育祭」という名称でした。
3年生女子の目玉の演目は「創作ダンス」でした。
高2・3年女子全員という大人数(400人くらい)で。
ダンスの曲・振り付けを創るのは、3年生の体育の授業中。
上述の中学校での授業のように、数人のグループに分かれて曲と振り付けを自分たちで考え、授業中に発表。
その発表された作品から、投票(だったと思う)で選ばれたものをベースとして、400人規模で行うダンスにアレンジしていくの。
これは、授業外。
選ばれたダンスを創ったグループがリーダー的な中心メンバーになって。
400人規模だから、マスゲーム的な全体の動きも考えなきゃいけないし、曲も体育大会用に大幅に引き伸ばさないといけない。
大変やったと思うわ。
大学受験を控えた夏の時期だというのに。
その他大勢メンバーである私たちは、昼休みや放課後とかに体育館横のスペースで振り付けを教えてもらったり練習したり。
リーダーさんたち、授業時間外に集めたり教えたりするのも、大変やったと思う。
(合唱コンクールの練習も同様ですが、合唱練習はクラス単位。だから、創作ダンスの取りまとめは、もっともっと大変。)
K子ちゃんっていう子が中心になって頑張っていた。
私は、ちょっと非協力的なところが有ったので、大反省しています。
なーんか、当時、「まじめに頑張るのはカッコ悪い・恥ずかしい」みたいなことを考えていたのよね。(※注)
もっとちゃんと協力すれば良かった。
K子ちゃんのこと、すごく好きだったのに。
そういえば。
K子ちゃんとは、高1の時に同じクラスだったのだけれど。
彼女は、V先生(後のDV元オット)のことを知っていた。
教育実習って、自分の母校に行くことが一般的でしょ。
K子ちゃんはVの母校と同じ中学出身だから。
「知ってる知ってる~! V先生とめっちゃ喋ってた!」ってK子ちゃん言ってた。
中1の時の教育実習生を覚えてるって・・・。
Vは教育実習生の時から、生徒ウケは良かったようだ。
この高校の創作ダンスでも、見本は1~2年生の時に観た上級生たちの演目だけ。
いや、ちゃんと、本物の見本を参考資料としてビデオテープで見せてよ!
モチベーションアップのために。
タイムマシンで戻れるなら、
・・・同上なので省略。
そして、K子ちゃんの頑張りに対して、ちゃんと協力する。
それと、合唱コンクールの練習も、もっともっと前向きに協力する!
(これは、合唱コンクールの為に頑張っていた同じクラスのT美ちゃんに対して協力的でなかった自分を悔やんでいます。)
それにしても。
今、卒業アルバムをめくりながら、この文章を書いているのですが、
高校の体育大会での創作ダンスの写真が1カットだけ!
男子の組体操は3カットもあるのに。
400人の創作ダンス、ほんまに大変やったのにーー。
まあ、これは、アルバム委員が中心になって、
これまた受験学年の時に時間を割いて編集してくれたものに、ケチをつけちゃダメだよね。
今、手元に、卒業アルバムが有るのは、アルバム委員さんたちのおかげ。
(※注)
「まじめに頑張るのはカッコ悪い・恥ずかしい」について。
小学校高学年くらいから、勉強ができることが恥ずかしいというか隠したいというか、そんな気持ちを抱くようになりました。
「賢いから、先生に贔屓されてエエよな~。」とか、
「ミヤコは真面目やからな。」と少し嫌味を込めたように言われたり。
そんな風潮、無かったですか?
いや、今でも有ったりする??
別に勉強ができることを自慢してた訳でもないし、友達もフツーに居たので、嫌われてはいなかったとは思うけど。
テスト期間とかで、「私、全然勉強してへんねん~。」って言いながら良い点を取ったりなんかすると陰口を言われてしまうことを知っていたので、私は、「◯時間がんばって勉強した。」とか「テスト範囲のここまで丁寧に頑張ったけど、この辺は眠くて寝ちゃって、ちゃんと覚えられていない。」とか正直に言うようにしていた。
それでも、「元が頭エエから!」なんて、決めつけられるようなこと言われたり泣。
真面目だと言われるのが嫌になって、わざとふざけたりしてた。
中3の時に一人の男子から、「お前、だんだん悪(わる)なってるなあ。1年の時は真面目やったのに。」と言われた。
そんな風潮が無かったら、私はもっと高みを目指せていたのかもなー。
なーんて笑
周りを気にして歩調を合わせようとしてしまったのは自分の性格だから自己責任かな。
そんな自分の大反省から、わが子たちに対して、
「真面目であるのは素晴らしいこと。」
「真面目なほうがカッコイイ。」
と、折に触れて呟いてきた。
さりげなく。
押し付けは良くないからね。
自分で考えさせることが大事。
対して、運動のできる子は絶賛されていましたな。
私も妬むことなんてなく、素直に「すごいなー、うらやましいなー。」って思ってた。
十数年?位前から言われている、「順位を付けない徒競走」というのは、私は反対。
運動会が学校行事の中で一番キライだった私でも、反対ですよー。
走るのが速いって、スゴイことやん!
才能を抑え込まないでよ。
運動面でも、学習面でも、才能の芽を摘むのはやめてほしい。
小中学生は純粋で素直
小中学生の頃って、なんでも素直に受け入れていた。
そう、運動会キライだったけれど、参加するものやと受け入れていた。
上述したように、「学校内で竹刀を常に持ち歩いている男性教師」のことも、そういうものなのか、と。
小学校の時の体操服は、男子は白の短パン(綿っぽい生地? 昔のテニスウェアみたいな)、
女子は紺の短パン(ジャージ生地)だったのが、
(いずれもかなり短めのデザイン)
中学校に入って、(上記画像のように)女子の体操服は更に露出度の高いブルマーになり、足の太い私はイヤだな~とは思ったけれど、
「穿かない」という選択肢は全く思い付かなかった。
(制服のスカート下に穿くのには、嵩張らずに便利でした♪)
そういや、小学2年の1学期まで通っていた小学校では女子も赤白運動帽だったのに、転校先の学校では女子はハチマキであることに驚きました。
(もしかしたら、低学年(1・2年生)は赤白帽だったかも。このへん記憶が明確ではありません。離婚の際のドタバタで写真も紛失しています。)
当時の赤白帽にはツバが無くて、両手でクルッとひっくり返して「お墓」って遊んだ記憶。
ハチマキも折りたたむ時、いかに綺麗に五角形を作るか頑張ってましたな笑
中学校では、上記画像にあるように、男子はツバ付き白帽、女子は赤白ハチマキ。
なんか、今、振り返ってみると、謎の男女区別があったのだなあ。。。
ほんと、当時は、「そういうもの」と素直に思っちゃってたよ。
上記の男子(「お前、だんだん悪(わる)なってるなあ。」って言ってきた子)、身体が小さめで足が悪いのか片足を引き摺る歩き方だったのだけれど、私や周りの子達は特に気にしてなかった。
「足が悪いんだな。」と最初に思っただけ。
体の大きな男子から、ちょっかいかけられたり凄まれたりして、きっと本人は嫌なこともあったとは思うけど。
本当に、なんでもストレートに、「そういうもの」と受け入れていた。
子ども時代にいろいろな物事を吸収する様子は、乾いたスポンジに例えられることが多いですが、
それは、知識だけのことじゃないと思います。
もちろん、中には、「イヤだ」「運動会で走りたくない」「足の露出の多い体操服を着たくない」と強く拒否する子どももいるだろう。
強制的に従わせるのは良くない。
だからと言って、好き勝手させる例外が増えると、集団生活を学ぶという学校の定義が不安定になってしまう。
集団生活も、個人の尊重も、どちらも大切。
だからこそ、しっかり議論されてのルール作りがすごく大切だと思う。
上述の「順位を付けない徒競走」、ちゃんと議論がなされたのだろうか?
全員が納得するのは難しいだろうけれど、話し合いを重ねて、妥協点を見つける。
声の大きな人の意見に押し切られることのないよう。
話を戻して、中学校の体育大会
そうそう、中学校の体育大会での花形競技、「3年生男子による棒上旗取り」の話でしたな。
なんで、花形競技が、男子だけなんだろう?
と、チョット疑問は有った。
でも、上述のように、
ま、そういうものか。
と受け入れていた。
お弁当を食べてから午後の競技、リレーなどの種目がいくつか有り、
いよいよクライマックスの「3年生男子による棒上旗取り」。
中3男子が上半身裸になって、棒上旗取り
勝敗の結果がマイクで伝えられ競技が終了すると、男子たちは、決められた位置に整列するために移動する。
そして、
エッサッサ
が始まるんです。
楽しみにしている女の子もいましたね。
「◯◯先輩を探さなきゃ!」とか「カッコイイ」「感動する!」とか。。。
私は、憧れの先輩なんて居なかったし、特に興味ナシ。
でも、空気を読んで、「そうだね~」なんてニコニコしながら相槌を打ったり。
中3男子たちのエッサッサを見て、私が考えていたことは。
運動が得意では無さそうなヒョロっとした男子も全力で演技をしている。
色の白い子などは、もう体中真っ赤っ赤になるんですよ。
ガッチリした体格の男子とかから「お前、茹でダコみたいやな」等と、からかわれたりしないかしら。。。
。。。と、見知らぬ男子上級生のことを心配していました。
体育大会の前日などに、全体練習というリハーサルが有りますよね。
そこで、体育の男性教師たちが、「おらおら!もっと腹から声出せー!!」とか凄んだ指導をするわけですよ。
もともと声の小さな男子も居るだろうし、そういう人は怒られないかな、大丈夫なんだろうか。
と、ハラハラ。
私は、女子として生まれてほんまに助かったわ。。。と思っていました。
『エッサッサ』について
V先生(後のDV元オット)との二人きりの会話で、体育大会での「エッサッサ」について話したことがある。
Vは、「もともとは、日体大のパフォーマンスやろ? それを体育の先生が運動会に取り入れただけや。(中学校の)伝統でも何でもない。」
と、ばっさり。
私「え!そうなん? みんな(周りの女子)、『伝統』とか『カッコイイ』とか『感動』とか言ってるで?」
インターネットが普及している現在なら、「エッサッサ」で検索すると、「日体大伝統の応援」であるのを、すぐに知ることができる。
でも、当時(約40年前)は、私にはV先生から教えてもらうまでは、知る手段が無かった。
周りの子達、ほんまに「我が校の伝統」って思い込んでたんちゃうかなあ。
日体大の屈強な男性が演じるからこそカッコイイのでは??
(ヒョロっとした運動苦手な男子が、「それでも、自分は頑張って演じてみたい」って、自分で考えて本心からそう思うので有れば、
もちろん、それは否定しないし、むしろ応援する。)
・・・などと、この文章を書くために約40年前の体育大会を思い出していたところ、
数ヶ月前に、
「上半身裸で体操、厳しい応援団指導…高校運動会の伝統はあり?」(西日本新聞)
というニュースが話題になりました。
やっぱ、イヤだと思っている生徒は居るよねー。
提案
マスゲームなんて、どうでしょう?
小学生の時(4年か5年生くらいだったと思う)、
母のママ友(=私の友人のママさん)に誘ってもらって、中高一貫の私立男子校の体育祭を見に行ったことがあります。
生徒が中心になって学校行事を創り上げているらしく、
競技中のBGMに『ラリーX』の音楽が使われていたりするなど新鮮で、とてもワクワクしました。
その男子校体育祭でのメインの演目は、全校生徒によるマスゲーム。
感動したーー。
このページの上の方で、「3年生男子によるエッサッサ」の対(つい)の演目として、「3年生女子による創作ダンス」は、どうだろう?
なんて考えていたけれど、
「エッサッサ」も「創作ダンス」も却下して、
「3年生全体によるマスゲーム」を提案しまーす。
でも。
軍隊みたいでイヤだ~って意見も出るんでしょうね。
なんにしても、合唱や合奏など、大勢で一つのものを創り上げることは感動的な経験だと私は思います。
また少し話が逸れますが、中1の時の合唱コンクール
合唱コンクール。
クラス毎に課題曲と自由曲を歌い、優劣を競います。
中学1年の時の課題曲は「森のくまさん」でした。
クラスで練習する時に、担任の先生が言ったの。
(中1の時の担任の先生については別ページに記述しています。)
「オマエ等の音楽の授業態度が悪いから、『幼稚な生徒が多いから、小学生向きの課題曲でいいんじゃないですか?』って『森のくまさん』に決まったんやぞ。
オマエ等、そんなん言われて、悔しないか?」
え? そんな理由で、「森のくまさん」?
確かに、変な選曲やなあとは思ったが。
マジメに授業を受けてるコも多いのに?
騒いだりふざけたりしていたのは一部の生徒だけだ。
連帯責任ってやつか。。。
びっくりして衝撃的だったから、40年経った今でも覚えてるんですよねー。
この時の自由曲とか、中2・3年での課題曲とか、全く記憶に無い。
私たちの学年は約10クラスで、半分以上のクラスは30歳くらいの男性音楽教師が授業を担当、
残りの数クラスは定年間近のオバチャン先生だった。
この男性音楽教師はかなり厳しい先生で、私たちの学年で一番怖い先生だと恐れられていたので、
彼の音楽クラスは静かだったでしょう。
なので、上記の『幼稚な生徒が多いから・・・』の発言は、オバチャン先生によるものだと推測している。
担任の先生は、誰先生が「森のくまさん」を提案したのかは言わなかったので、
私の推測が正しいかどうか分からない。
なので、オバチャン先生だと決めつけちゃダメだよね、と自分に言い聞かせる。
小学校での音楽の先生(高学年になると、図工と音楽は専科の先生に教わりました)は、とても厳しかった。
若くてお化粧もバッチリ、オシャレでとても綺麗な先生だったんだけど、めっちゃ怖かったので、
キレイなのに実は『鬼(=人外)』なのかもしれん。。。なんて考えてた。
(なんと失礼なことを考えていたのか笑)
そんな美しく厳しい先生のご指導のもと、小学校6年生での音楽会の合唱は、『五羽のつばめ』。
(この頃の世代の合唱曲は、岩河三郎さんの作品が多かったです。)
難しい曲でしたが、素晴らしい発表に仕上がりましたよ。
(合奏のほうは、『会津磐梯山』でした。)
そうやって厳しく素晴らしい指導を小学校で受けてきた私たち、
1年後に「森のくまさん」って。。。
ふざけとる。
考察
これ(森のくまさん)、担任の先生は、めっちゃ悔しかったんやろうなあと思う。
担任としては、自分のクラスの生徒達はヤンチャな子たちも含めて皆んなカワイイじゃないですか。
そして、YDK(やれば出来る子)たちであると信じて、日々指導をされている。
ウチのクラスの担任だけじゃなく、他の学級担任の先生方も悔しかったんちゃうかなあ。
(音楽のオバチャン先生は、担任業務はしていなかった。副担任ってやつ。)
中1の時の学級担任、10クラス中の半分以上は、20歳代~30代前半でした。
この場合(森のくまさん)、職員会議で話し合われたのでしょうが、
多数決で決まったとは考えられないなあ。
若手の先生方は反対したでしょうが、採択されなかったのかと。
会議って、若手の意見がスルーされがちじゃないですか?
さぞ重苦しい雰囲気の職員会議だったでしょうなあ。
それにしても。
「幼稚な生徒が多いから、課題曲は『森のくまさん』にしましょう」
って、生徒に対する嫌がらせですよね??
提案した先生のほうこそ
幼稚じゃないですか??
おとなげ無さ過ぎちゃう?
職員会議という公の場でそんな提案できる性根が恥ずかしくないですか?
教師としての質が低すぎるやろ!
さらに、考察を進めて、
もしかしたら、体育大会で3年生女子にも花形演技を加えたい先生もいらっしゃったかもしれないなあ。
上述したように、中学生の私でさえ、(なんで男子にだけ花形競技が有るんだろう?)って疑問に思ったくらいなので。
女性教師が、そう考えてもおかしくない。
でも、職員会議では通らない意見なんだろうなあ。
中学教師って、男性の割合が多いし。
(小学校の時は女性教師が多かったけれど、中学校に入ると男性教師が6~7割を占めていたのでビックリした。
これまた、「中学生は身体も大きくなってくるので、腕力の有る男性教師が多いのかな。」と自分なりに解釈して受け入れた。)
まとめ
体育大会の思い出から、とりとめのない長話になってしまった。
簡単にまとめると、
- DV元オットは、実際の実力以上に自己評価が高いことが窺われる。
- 小中学生は純粋なので、なんでも素直に受け入れる。
- 中学校の体育大会での花形種目は「3年生男子による」ものだった。
- 幼稚で質が低い教師が存在する。
人間の記憶は曖昧であることについては以下のページに記しましたが、
中3の時の体育大会は、運動場が整備工事中で、市営の陸上競技場を借りて行われました。
これは、卒業アルバムの写真に残っています。
(上記画像も卒アルから抜粋)
陸上競技場の地面は、赤茶色のゴムみたいな素材で出来ていました。
よって、冒頭の「砂埃が舞う中」、V先生(後のDV元オット)がヒョコヒョコ走っていたのは、中2の体育大会で間違いないです。